大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(オ)657号 判決

上告人

台道重郎

代理人

小町愈一

金田哲之

高橋一成

被上告人

冨士建築木工株式会社

外四名

代理人

河和金作

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小町愈一、同金田哲之、同高橋一成の上告理由第一点および第二点について。

本件賃貸借契約に基づく昭和二四年度分以後の賃料につき、上告人は、当初の契約で定めた賃料の支払時期を変更して、六か月分を一括してその支払分の最後の月末までに支払うことを承諾したものであり、また、賃料の支払を二回以上怠つたときは催告を要せず契約を解除することができる旨の特約は、当事者間の多年の慣行を通じて暗黙の合意によりその効力を失つたか、少なくとも右特約により催告なしに契約解除することは信義則上許されないものと解すべきであり、したがつて、延滞賃料の履行を催告することなしになした契約解除は効力を生じないものというべきである旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。

同第三点について。

土地の賃貸借契約において、賃借人が賃貸人の承諾なしに賃借権の一部を譲渡したとしても、それがただちに背信行為となるものではない(最高裁判所昭和二五年(オ)第一四〇号、同二八年九月二五日第二小法延判決、民集七巻九号九七九頁参照)が、右が背信行為にあたらず契約解除のできない特段の事情については、賃借人においてこれを主張立証しなければならない(最高裁判所昭和四〇年(オ)第一六三号、同四一年一月二七日第一小法廷判決、民集二〇巻一号一三六頁)。したがつて、この主張立証が尽くされないかぎり、賃貸借の目的たる土地419.83平方メートル(実測面積)のうち69.68平方メートル部分の賃借権が無断譲渡されたにすぎない本件の場合においても、賃借人に対して本件賃貸借契約の全部の解除をすることができるものと解すべきである。

ところで、被上告会社は、昭和一九年四月一日本件土地を上告人から賃借し、同地上に原判決記載の別紙物件目録(一)の第二の(一)、(二)の各建物、同目録第三、第四の建物を建築し、右第二の(一)の建物を被上告人磯崎に、第三の建物を被上告人井上に、第四の建物を被上告人館野に、それぞれ賃貸し、右各被上告人は、各賃借建物を占有してそこでいずれも飲食店を営み、被上告会社もまた、右第二の(二)の建物を使用してガソリンスタンドを営み、被上告人織田は右建物に居住し、被上告人らは、本件土地上で生計を維持していること、被上告会社が上告人主張の本件土地のうちの69.68平方メートル部分の賃借権を訴外田中はまよに譲渡するについては、従来の事情から、上告人の承諾を得られるものと思い、その際の名義書換料として相当の金員を上告人に支払うことを予定していたものであつて、当初から上告人の意思を全く無視していたものではないことは、原審の適法に確定した事実であり、しかも、右69.68平方メートル部分は本件土地のうち公道とは反対の西隅の全体に対する一割七分の最も価値の低い部分であることは、原判文を通覧すれば明らかである。

そうすれば、これらの事情は前記にいわゆる特段の事情にあたるものというべく、上告人は、被上告会社の右賃借権の無断譲渡を理由に契約を解除することはできず、無断譲渡を理由とする上告人の被上告会社に対する本件賃貸借契約の解除は効力を生じないものといわなければならない。したがつて、上告人の被上告人らに対する請求はすべて理由がないから、これを棄却すべきである(被上告会社は上告をしていないから、当裁判所は、上告人から不服申立のあつた限度で原判決を変更することしかできない。また、本判決が、上告人と田中はまよとの間の昭和三三年一二月八日武蔵野簡易裁判所で成立した調停の効力に影響を与えるものでないことも明らかである。)。本件土地のうち右69.68平方メートルを除くその余の部分につき上告人の明渡請求等を排斥した原判決は、その理由において異なるが、結論において正当である。所論は採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)

上告代理人の上告理由

第三点 原判決は更に進んで借地権の無断譲渡につき、上告人の主張事実を認定しながら、総借地坪数一二七坪の内その六分の一の僅少なる部分の一部の無断譲渡はたとえ一部でも当事者間の信頼を裏切り背信性あり、且つ一部譲渡でもその借地契約全部につき解除権発生し解除を免れない、と認定しながら、本件に於てはその一部は上告人の屋敷つづきであり(屋敷つゞきではない、原判決添付の図面参照)しかも六分の一という僅少の土地なる以上、上告人に何等の不利益を来たさす且斯る場合全部につき解除を認めるは賃借人である被上告人に著しい不利益を来たすから、本件の場合は『右賃貸借の解除は無断譲渡にかかる賃借地の一部についてだけその効力を有し云々』と認定した。しかも『右は一部の債務不履行による契約の一部解除と軌を一にするものである』とまで認定した。

しかしながら右認定は全くの独断であり、独りよがりの便宜解釈に基く法律無視の偏見と云う外なく、且つ当事者は双方とも本訴に於て斯る事項を主張はしていない、即ち当事者の主張せざる事項につき独自の判断を為したもので正に民訴法第一八六条違反である。しかも、

(1) 土地賃貸借契約に於てその一部の借地権を無断譲渡しても、賃貸借契約が本来当事者間の信頼関係に基く契約故、之の信頼関係を裏切る行為であることは夙に数次の大審院及最高裁判所の判例のあるところで(大審明治二九年(オ)第三〇七号大判民録一二輯一四七九頁、大審大正七年(オ)第六二二号大判民録二四輯一六一九頁)之の判例及之を維持する学説は一般的に之の背信性を是認し之に例外を認めていない。しかるに原判決かその前段に於て学説判例に従い無断一部譲渡につき背信性を認め、之を原因として全体につき解除権の行使を認めながら、(上告人は此の一部の解除をしたのではない)本件に限り解除権行使の効果がその無断譲渡の一部についてのみ発生したとは如何なる法律上の根拠に基くのか何の説明もない全く理由不備の(民訴法第三九五条第一項第六号)の違法があり。

(2) しかも当事者(解除権者たる上告人)は契約につき全部的に解除するとの意思表示をしたのである(一部解除の意思表示をしたのではない)しからば之の解除は全部につき有効に発生しているか、又は無効かを判断すべきである。之を原裁判所の全くの便宜解釈から上告人の全部の解除の表意で一部につき発生した(それは上告人に不都合でなく、一方相手方が不利益であると云う便宜論から)そしてそれは一部不履行の場合の一部の解除と軌を同じうすると云う判断は全く当事者の意思を無視し如何なる理論構成で斯る結論が生れてくるのか了解に苦しむ、原判決は当事者の意思を無視した判断であつて理由齟齬か理由不備(民訴法第三九五条第一項第六号及同法第三九四条)の違法がある。

(3) それに此の点につき被上告人会社(賃借人)の抗弁は一部の無断譲渡で全部に亘り借地契約を解除するは権利の濫用であると抗弁したのである(原判決一九丁表六行目)。しからば此の点の判断は権利濫用の点についてのみ判断すべきである。しかるに之を無視し、否、権利濫用に非らず(即ち不信行為であり解除権発生すと認定している)と判断しているのであるから此の判断で権利濫用の抗弁は已に排斥されているのである。それを原裁判所が独走して一部解除を当事者の意思表示如何に関係なく、唯感情に走り便宜上認定したのである。斯る裁判所の便宜論は頗る危険である。裁判所が事件の裏面も洞察せず、否、全然知らず唯表面に顕はれた片面の一部のみ見て、借地人に不利なり地主に不利なし否、横暴の振舞なるが如き、偏見にとらわれて判断することは往々他にも見る処である。

本件の借地人の横着なること目に余るもの多々あるも上告人代理人は本訴の理論構成上必要なければ強いて之を論ぜず、之に反して被上告会社が上告人の寛容の態度になれ横着を極めていたのに、之を逆用して如何にも真相はこうだと云わんばかりにくどくど述べていたが上告人は原裁判所は之に眩惑したものと思はれる、上告人は淳朴な農家でありよくよくでなければ借地契約を解除せず(上告人の借地人は数十人あり、解除されたのは此の被上告会社のみである)。

裁判所は記録に基き法規と当事者の意思を見てその法律効果を判断すべきであることは云うまでもないところ、それを法規によらず当事者の意思は之を無視し全く独自の推察と独自の法律解釈を持つて判断したのが原判決である。斯る一裁判官の主観的な考えで裁判が行はれるなら、平生当事者としてその法の帰趨するところが不明となり安心して取引は出来ないことに帰着すると極言せざるを得ない。原判決は法律の解釈を誤り理由不備、理由齟齬の違法の判断故破毀を免れないと信ずる。

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